ハロプロユニットの区別がつかない?

トラックバックありがとうございます。
ただ、昨日の記事ではひとつ書き忘れがありました。
発端のひとつは確かにASAYANの演出ではありましたが、ただ自分がハマッた理由はそれだけではありません。むしろ楽曲に惹かれたというのが一番の理由です。メンバーのキャラクタ云々は自分の中では二番目以下の優先度、極端な話、一人の顔も知らなくてもハマっていたかもしれません。AKB48だって全員の顔と名前は一致しませんが好きな曲はいくつもありますし。
ここ一連の議論が、メンバーに誰がいるか、メンバーのキャラがどうかといった人主体になっているのが、理解はできるものの違和感を感じる部分でもあります。いや、触れてはいますよね、確か「作家の手抜き…」でしたか。
楽曲大賞とかいうファンサイドのムーブメントはありますが、メインストリームはもうそこにはないのかな、と思うと淋しさを覚えます。でも、事務所および♂含めた作家陣には、キャラが薄いとかいう批判に惑わされないで「世間に一泡吹かせよう」という気概で曲作りをしてもらいたいです。あのつんくが「これは売れる」と思って出しているとはとても信じられないものが散見されますので。それに、小春のいる〜、りしゃこのいる〜、愛理のいる〜、という認知だけでは長続きはしないと思いますし。それが、ユニットという箱、ハロプロという箱どころではなく、アイドル歌謡というジャンルそのものの箱に魅せられた者(少数派でしょうが)のつたない願いです。