コピワンがどうだの、光ディスクの保存性がどうだの・・・といったところで、死すべき存在の人間がかりそめの住処でしかない地上にモノを蓄えること自体、実際には不可能なわけで。洪水前の人々が地上に残したものが洪水後にはピラミッド、スフィンクスなど巨石建築の神殿だけになってしまったように、今の自分が地上に蓄えているものも、無形の記憶を除いて一切何も残すことはできない。
わかっていても、どうしても日々の生活の中では執着心が芽生えてしまう。ずっと手元においておきたいと思ってしまう。そして技術が進歩すればそれが可能になると思ってしまう。困ったことです。
あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って 盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため、虫も食わず、 さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえ なさい。あなたの宝のあるところには、心もあるからである。 (マタイ6:19-21)
天は巻物が巻かれるように消えていき、すべての山と島はその場所から移されてしまった。 (黙示6:14)